日本神話の神々が活躍した高千穂、宮崎に点在する伝説の地を結ぶ「ひむか神話街道」と、日本有数の古墳群・西都原を巡ります。

高千穂とは

九州宮崎県に属する高千穂町。高千穂の西北は熊本県との県境に接しています。高千穂町北西の県境から熊本県阿蘇山までの裾までは直線距離でわずか10㎞。宮崎県の県庁所在地がある宮崎市は、高千穂町の南東、直線距離で約90㎞の場所にあります。

高千穂と日本神話の関りとは

高天原遥拝所(槵觸神社近辺)
高天原遥拝所

日本神話とは、8世紀に作られた日本の歴史書『古事記』(712年)と『日本書紀』(720年)、地方の歴史や文化風土、伝承をまとめた『風土記』に記載された神々の物語。

その日本神話のなかで、神々が住まう高天原(たかまがはら)から、天照大神の孫・ニニギノミコトが葦原中国(アシハラノナカツクニ、高天原と黄泉の国との間にある世界)を治めるために降り立った天孫降臨の地が、高千穂と言われています。

高千穂のお勧め観光地4選

「天岩戸(あまのいわと)神社」と「天安河原(あまのやすがわら)」

天岩戸神社
天岩戸神社
天安河原(あまのやすかわら)
天安河原(あまのやすかわら)

おそらく一番有名な神話のひとつ『天の岩戸隠れ』の舞台となった天岩戸(あまのいわと)神社と天安河原(あまのやすがわら)。天岩戸神社本殿の裏手側にその聖域があります。神社の崖を隔てた対岸の山(ご本尊)は、昔から人が立ち入ってはいけない領域。地元の人もその言い伝えを、いまでも守っています。その鬱蒼と茂った木々の一部に洞窟のようなものが確認できます。この場所こそ天照大神が隠れたといわれる場所です。

天安河原は、岩戸に隠れた天照大神をなんとか外に出すために八百万(やおよろず)の神々が集まって相談した場所のこと。日本で最初の国会議事堂とも言われています。

【天の岩戸隠れ】太陽の神様・天照大神(アマタラスオオミカミ)が、弟・須佐之男命(スサノオノミコト)の乱暴に怒り、岩戸に隠れてしまい、世界が暗くなってしまいました。困った神々が相談した結果、天岩戸の前で楽しく大騒ぎをし、不思議に思った天照大神を岩戸から誘い出すのに成功したというお話しです。

高千穂の代表的パワースポット「高千穂神社」

高千穂神社
高千穂神社

第11代垂仁天皇時代の創祀という古い歴史があり、高千穂八十八社の総社です。現在の本殿は1778年に建てられ、国の重要文化財に指定されています。祭神は高千穂皇神と十社大明神、さらに七柱の神を合祀しています。

高千穂皇神とは、ニニギノミコトをはじめ、五柱の神々の総称で、十社大明神とは、三毛入野命をはじめ九柱の神々の総称。つまり高千穂神社は、多くの神様が祀られる超パワースポットともいえます。

「槵觸(くしふる)神社」

槵觸(くしふる)神社
槵觸(くしふる)神社

天照大神の孫、ニニギノミコトが地上に降り立った場所を古事記では「筑紫の日向の高千穂の久士布流多気(くしふるたけ)」と記しています。筑紫=九州、日向=宮崎、久士布流多気=槵觸峯(高千穂の山の峯)と推測され、ニニギノミコトをはじめ、同行した神々が祀られています。ここは高千穂八十八の一社に数えられています。

高千穂を訪れたなら見ずして帰れない「高千穂峡」

高千穂峡(イメージ)
高千穂峡(イメージ)

高千穂峡は、その昔阿蘇山の噴火によって流れ出した火砕流が冷え固まり浸食されてできた深い断崖が見どころ。高いところで100m、 平均80mの断崖が東西に約7キロに渡って続いており、見事な柱状節理をご覧頂けます。国の名勝・天然記念物にも指定されています。また、日本の滝百選にも選ばれた真名井の滝も必見です。高千穂峡の遊歩道を歩きながら、「鬼八の力石」はじめとした神話と伝説ゆかりのスポットを数多く楽しめます。

高千穂を訪れたなら絶対に見たい、圧巻の高千穂神楽(かぐら)

365日、毎晩、伝統芸能を公開!

高千穂神楽
高千穂神楽(イメージ)
高千穂神楽(あまのうずめのみこと)
高千穂神楽・天鈿女命(イメージ)

国の重要無形民俗文化財に指定されている「高千穂の夜神楽」。夜神楽の季節以外にも「高千穂の夜神楽」を楽しめるのが「高千穂神楽」です。高千穂神社境内の神楽殿で毎晩20時より約1時間、公開されています。

【神楽(かぐら)の由来】『天の岩戸隠れ』では、天安河原に集まった神々が工夫を凝らして、やっと天照大神が岩戸からでてきたわけですが、その時に活躍したのが天鈿女命(アマノウズメノミコト)。彼女が裸になって楽しく歌って踊ったため、何事かと思った天照大神が岩戸から覗き見たタイミングを狙って引き出されてしまいました。天鈿女命は日本で最初の踊り子と言われ、その躍る姿から「楽」という漢字が生まれました。このことから伝統芸能神楽は、神々が楽しんでいる様子を表現したものといわれます。

ひむか神話街道のお勧め観光地5選

ひむか神話街道とは?

鶴富屋敷(椎葉村)
鶴富屋敷(椎葉村)
椎葉厳島神社(椎葉村)
椎葉厳島神社

「ひむか神話街道」とは、高千穂町と高原町(たかはるちょう)を結ぶ、総延長約300キロの宮崎県の観光ルートのことです。天岩戸神社を起点とするルート上には、さまざまな神話や伝説が残されており、古代のロマンに溢れた道といえます。
※写真は、ひむか神話街道のルート上にある椎葉(しいば)村。平家の落人伝説が残されている、山深い里です。

記・紀の道を歩こう出し

都萬神社/千年楠の洞洞木
都萬(つま)神社
逢初 ( あいそめ )川
逢初 ( あいそめ )川
無戸室(うつむろ)
無戸室(うつむろ)

西都原(さいとばら)の『記・紀の道』は、「古事記」の「記」と「日本書紀」の「紀」の二文字をとって名付けられた道で、全長約4キロメートル(徒歩約1時間)。ここには天孫ニニギノミコトとコノハナサクヤヒメにまつわる恋の物語が伝わっています。

都萬(つま)神社をスタートすると、ニニギノミコトとその妃コノハナサクヤヒメが出会った「逢初川」、コノハナサクヤヒメが火の中で出産をおこなったといわれる「無戸室(うつむろ)」などが次々に現れ、神話の世界を身近に感じることができるでしょう。ゴールは、ニニギノミコトとコノハナサクヤヒメが眠るとされる男狭穂塚(おさほづか)・女狭穂塚(めさほづか)です。
※写真の都萬神社は、コノハナサクヤヒメを祭神としており、コノハナサクヤヒメが3人の皇子を育てるのにお乳の代わりに甘酒を与えたという伝承から「日本清酒発祥の地」といわれています。

日本有数の古墳群「西都原(さいとばる)古墳群」

西都原古墳
西都原古墳

宮崎県のほぼ中央に位置する西都原台地には、南北4.2キロ、東西2.6キロにわたって300基以上の古墳が点在し、日本最大の規模を誇る古墳群として知られています。

青い海と朱色の神宮のコントラストが見事な「鶏戸(うど)神宮」

鵜戸神社
鵜戸神社

鶏戸(うど)神宮は、日向灘に面した鵜戸崎岬の突端の洞窟の中に、朱塗りの色鮮やかな御本殿が鎮座しています。男性は左手、女性は右手で願いを込めながら運玉を投げ、亀石と呼ばれる岩の枡形に入れれば願いが叶うといわれています。

【鵜戸神宮の由来】山幸彦が、兄である海幸彦の釣り針を探しに龍宮に向かい、そこで海神のむすめ豊玉姫命と出会います。その後、身ごもった豊玉姫命は鵜戸の地に参られ、御子をご出産なさいました。

縁結びの神様「青島神社」

青島神社と鬼の洗濯岩
青島神社と鬼の洗濯板

亜熱帯性植物が生い茂る、周囲1.5kmの青島全島が境内地となっている青島神社。「鬼の洗濯板」と呼ばれる奇岩と緑と海に囲まれた聖なる地は南国情緒たっぷりです。海幸、山幸ゆかりの神社であり、縁結びの社として広く知られています。

宮崎屈指のパワースポットも訪れたい「江田神社」

江田神社のみそぎ池
江田神社のみそぎ池

ひむか神話街道で是非訪れていただきたいのが、日本で最初の夫婦といわれるイザナギノミコトとイザナミノミコトを祀る江田神社です。イザナギノミコトとイザナミノミコトは日本の国土を生み、多くの神様を生んだ神話の最初の二柱。そのため、良縁を願う参拝客が多く訪れます。江田神社の境内にある「みそぎ池」も忘れずに訪れましょう。

【みそぎ池の由来】イザナギノミコトが黄泉国から帰った後、穢れた体の禊を行った場所です。右目を洗うと天照大神(アマテラスオオカミ)、鼻を洗うと月読尊(ツクヨミノミコト)、左目を洗うと素戔嗚尊(スサノオノミコト)が生まれましたといわれます。

高千穂の大自然と神話の紹介動画

03-3265-1691

営業時間 10:00~17:00(土日祝除く)

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